脳の使い方が変わる
東京大学の池谷裕二という先生の書いた記事に目からウロコの想いだった。調べてみるとこの先生あの糸井重里さんと一緒に本をだしていたりするなかなかの方らしいのですが、その記事というのはある企業の社内報のしかも過去記事なのですが
パソコンやケータイを使うようになって、「漢字が書けなくなった、電話番号を覚えられなくなった」といった話がありますが、情報機器を使うことによって記憶力が衰えるということはあるのでしょうか。というよく聞く話についての質問に対して
漢字を覚えるのにも時間がかかります。その時間を節約するために、人類はパソコンをつくり、漢字を覚えるのをパソコンに任せるようになったわけです。その経緯を忘れて「昔は漢字を覚えていたのに忘れてしまった」と嘆くのはおかしいような気がします。漢字を忘れてもいいようにパソコンを使っているのですから、これは記憶が衰えるというのはちょっと違う気がします。
と答えられてつぎに続く事例が目からウロコだったのです。
文字が発明されたときにも大騒ぎになったはずです。文字というのも、紙に書いて残して
おくわけですから、要するに外部記憶装置です。この意味ではパソコンと同じです。文字がなかった頃は、レシピであれ、しきたりであれ、すべて覚えていなければならなかったでしょうが、文字が発明されたことで暗記するという作業が少なくなった。そのときも、先にいわれた意味の「記憶力が衰えた」というようなことが起こったはずでしょう。でも、それが人類にとって悪いことだったかというと、そんなことはない。文字がなければ困るわけです。
覚えておくか誰かに聞くしかない世界から、書いて文字で残したり書籍で調べたりする事ができる世界へ、そうして今、かな漢字変換で書けない漢字も使って文書を残し、本など一冊も手元になくても、その情報がどこのHPにあるかさえも知らなくても ネットで検索すれば世界中から膨大な情報や知識を得られる時代。こつこつと長い時間かけていた計算も一瞬です。紙に文字で書いてあってそれを見れば済むことは暗記する必要がなくなったひとつの情報が共有できるようになった文字の発明。コンピュータとインターネットを含む通信環境が発明され、その性能が脅威的に向上してそれを活用することで 同じことをするために使う脳のパワーが少なくて済む。もしくはよりレベルの高いことをすることが可能になった。 そういう状況を文明の発展というのかもしれません。先生の記事は下記のように結んでいます。
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イマジネーションを膨らませる、クリエーティビティを発揮する、そういったことは人間にしかできない(まだコンピュータは不得手?)のだから、そこは人間がやっていこうということです。
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文字の読み書きが出来ない人(「文×」は差別用語なんだそうです)ならぬ「デジ×」は現代社会では障害者的な扱いになるのかもしれません。それなりに使えるのはあたり前でその上で、創造力を発揮できる脳の使い方が新しい時代の脳の使い方で、記憶力が凄いとか、暗算能力がすばらしい。という能力の評価ポイントは低くなっていくのかもしれません。手先が器用(職人)だったり、歌が上手だったり、対面で楽しく話が出来るとか、機械(ロボット)やコンピュータはまだ弱いと言う部分の能力を鍛えていかないといけないのかも知れません。
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