「弁当の日」という教育

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もっと北海道2009 "どうなる どうする 日本の食シンポジウム (ひろがれ)「弁当の日」in札幌"
というイベントに参加してきました。 上の写真は会場に展示されていたもので中学生の男の子が自分で作って学校に持っていった弁当の写真です。胸をはって誇らしげに持ってきた弁当です。

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ミスチルのうた

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駅のコンコース広場で高校の書道部の展示をしていた。これ(近代詩文書)なら自分の部屋に飾っておきたくなるかも。

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脳の使い方が変わる

東京大学の池谷裕二という先生の書いた記事に目からウロコの想いだった。調べてみるとこの先生あの糸井重里さんと一緒に本をだしていたりするなかなかの方らしいのですが、その記事というのはある企業の社内報のしかも過去記事なのですが

パソコンやケータイを使うようになって、「漢字が書けなくなった、電話番号を覚えられなくなった」といった話がありますが、情報機器を使うことによって記憶力が衰えるということはあるのでしょうか。というよく聞く話についての質問に対して

漢字を覚えるのにも時間がかかります。その時間を節約するために、人類はパソコンをつくり、漢字を覚えるのをパソコンに任せるようになったわけです。その経緯を忘れて「昔は漢字を覚えていたのに忘れてしまった」と嘆くのはおかしいような気がします。漢字を忘れてもいいようにパソコンを使っているのですから、これは記憶が衰えるというのはちょっと違う気がします。 

と答えられてつぎに続く事例が目からウロコだったのです。

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無料のペーパクラフト D51に挑戦!

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夏休みの宿題というのは今もあるのでしょうか?これだと金賞は難しいかな。
マッチ棒で作った五重の塔とか、タバコの包装紙で作った灰皿など、おじいちゃんの趣味の発表の場ではないよといいたくなるような力作も持ち込まれていましたが、チープなプラモデルや、段ボ-ルで作ったロボットなど創意工夫をこらした大作も登場した夏休みの工作。最近はホームセンターに下処理の終わった工作セットみたいなものも売られていたりするようです。

で、冒頭の写真のD51ですが、インターネットにつながるパソコンとプリンタ。あとははさみとカッターと糊とセロハンテープとがあればされでも作ることができます。あ、それと集中力と根気(^_^;)

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教育の色々

教育の色々」そういう題で「kakoの手文庫」のkakoさんが記事をかかれていた。
娘さんの運動会の準備の出来事から自分が小さいとき転校した山の中の小さな学校と、町の大きな学校で、教育の方針が違っていた話を元に、一度しかない教育の機会を子供は選べないことの人生への影響について問題提起されていた。

この記事はコメントとして書きかけていて長くなってきたので、自分の記事にしてしまったもので、トラックバックさせてもらいました。

詰め込みすぎだ人間性軽視だと非難されて、ゆとり(?)にしたら学力が落ちたと問題視され、それでもそれぞれの時にその教育を受けて育った子供があるように、同じ時代でも地域によって差があった(ある?)んでしょうね。
先日ロボコンのアジア大会を見ていたら、中国、インド、ではなく決勝に残ったのはベトナムとタイ、グランプリをもらったのはマレーシアでした。優勝したチームのメンバーがどんな教育を受けて来たのかはわかりません。でも日本のチームより目がキラキラ輝いていたように感じました。
豊かな現実が幸せのように言われますが、今より豊かな未来に向かっていく、辛抱や努力の先に嬉しいことが待っていることが幸せなのかもしれません。
それを示せないと教育というものは行き場を失うのかもしれません。

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卒業式 式次第

「旅立ちの日に」を検索されて卒業式の歌 「旅立ちの日に」へのアクセスが多くなっています。トラックバックもいただいていて、昔ながらの卒業式を振り返ってみました。それにはまず式次第からと調べてみると意外な事実が判明しました。

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子は親の鏡 皇太子さまが紹介した詩

批判ばかりされた 子どもは
非難することを おぼえる

殴られて大きくなった 子どもは
力にたよることを おぼえる

笑いものにされた 子どもは
ものを言わずにいることを おぼえる

皮肉にさらされた 子どもは
鈍い良心の もちぬしとなる

しかし、激励をうけた 子どもは
自信を おぼえる

寛容にであった 子どもは
忍耐を おぼえる

賞賛をうけた こどもは
評価することを おぼえる

フェアプレーを経験した 子どもは
公正を おぼえる

友情を知る 子どもは
親切を おぼえる

安心を経験した 子どもは
信頼を おぼえる

可愛がられ 抱きしめられた 子どもは
世界中の愛情を 感じとることを おぼえる

~ドロシー・ロー・ノルト~
『Children Learn What They Live』

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佐世保事件 怒りを言葉に

 「ムカつく」「超ウザイ」さらに「ぶっ殺してやりたい」「死ねばいい」を気に入らない子への思いとして連発する。
あの事件の年代の少女のカウンセリングを行うと大半が相談したいのは仲間のいざこざで、どの子の口からも冒頭の表現が出てくるのだそうである。我が家の高校2年生の女子も、確かにまま使っている。その言い方は何とかならないのかという問いに、「だってムカつくものはムカつく」が彼女の答えであった。
 秘密を共有することで発生する仲間関係は、この年代の行動として一般的であったのだけれど、それが親密を超えて閉鎖的、排他的になっていて求めるものが強い分、逆にいらだちと不安を増強させている。のだそうである。

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インターネット が引き起こした事件 ?

長崎県佐世保市で起きた小学校6年生の殺人事件は予想外な展開を見せている。

NHKニュースによれば
 怜美さんと女子児童はふだんから仲が良く、それぞれがインターネット上に持っているホームページに互いに書き込みをしていました。「自分のホームページに怜美さんが行った書き込みをめぐってトラブルになり、呼び出した」NHKニュース

朝日新聞によれば
ホームページ(HP)に面白くないことを書き込まれたので、(教室から現場の学習ルームへ)連れ出した。殺すつもりだった」と話している 

なんだか困った複雑な話になってきたというのが印象です。交換日記というような閉じた世界であれば、多少悪意を持った表現でも本人に対して直接伝えることになるけれど、インターネット上となると不特定多数の人が見るわけで、しかも大多数の人は本人は直接知らないわけで、極端になればネカマ(男性がインターネット上で女性を演じること ネットオカマの略)という存在すらあります。年齢、住所、容姿、匿名性の許される世界です。ただ明らかにしないことと虚構の世界で事実を歪曲したり脚色することだってあります。「面白くないこと」がどういうことだったかはわかりません。たとえば、本当は違っても「モー娘。のだれそれにちょっと似ていると言われます。」と自己紹介していたかもしれない。それを誹謗するように否定する書き込みをされたなどというような事もかんがえられなくはない。

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殺された少女は何をしたのか

長崎 佐世保で哀しい事件が起きた。どんな子供であろうとも、殺すというのはよっぽどのことがあったに違いないと思うのである。殺された少女は何をしたのか。二人の小6の少女の間に何があったのか。
 「女児は怜美さんを呼び出して切りつけたことを認め「大変悪いことをした」と涙ぐんでいるという。」
殺された少女の死を悼み、同時に殺してしまった少女の将来にも思いを馳せずにはいられない。それぞれの親の気持となると、同じ子を持つ親としてそれぞれどんな夜を過ごしているのかと思う。居たたまれない。しかしながら、この事件から学ばなければならないものは少なくないのだと思う。学校という教育の場、家庭、地域。何かが失われていっているのだと思う。都会とか田舎とかには関係なく・・。
偶然ではあるが、亡くなった少女は 我が家の娘と同じ名前だった。

追記: 妻を3年前にガンで亡くし、3人兄弟の末っ子の長女。血まみれで倒れている現場にかけつけたという父親の談話・・。朝、「忘れ物はないか」に「ない」と声だけ聞こえてバタバタ廊下を走っていく音、それが最後だったと・・。「甘かしていた部分はあったかもしれない」とも・・。聞いていて切なくなる記者会見だった。


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