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原爆投下の夏の日

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8月は戦争が語らえることが多い。広島、長崎に落とされた原子爆弾。そして敗戦。亡くなった多くの人達を慰霊し、辛く苦しい中を頑張って来て復興を遂げた親の世代に深く感謝したい。上の写真は駅のコンコースでやっていた原爆の写真展の1枚です。子供と思われます。

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上の2枚は南京大虐殺の写真としてネット上にあったものです。日本軍がやったかどうかは自分はわかりません。でも幼い子供の遺体の写真であることだけは事実であり、下の写真も普通の人が見知らぬ外国の人を戦争の相手というだけで殺そうとしている写真で、そういう事は戦争となれば歴史上何度も繰り返されて来たことで、日本の軍隊だって殺すか殺されるかの中で普通に暮らしていた人達がそういうことをしたことがないとは言えないのだと思います。
日本が大変な被害を受けた頃そして戦争が終わった(負けた)日だけを悲劇のヒロイン気分で特集するのではなく、戦争を始めてしまった日、真珠湾の奇襲攻撃、中国、東南アジアと敵国の軍人や一般市民を殺しまくっていることを国中が喜んでいた頃を自分達も間違っていたと反省するような、そういう平和運動はあまり聞かないような気がすします。アジアの国々から日本に求められているのはそんな真摯な姿勢のような気もします。

アウシュビッツの強制収容所と、広島原爆ドームは共に世界遺産ですが、世界遺産に申請したそれぞれの国のスタンスには大きな差があるように思ったりするのです。

わくわく日記のポリシーには反する記事なのですが、たまにはこんなつぶやきもお許しください。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

日本がいつ中国や東南アジアや敵国の一般市民を殺しまくっていたのですか? きちんとした根拠を述べるべきではないでしょうか。また真珠湾奇襲攻撃と言っていますが、それは後のアメリカが国民の戦意高揚のために敢えて日本からの宣戦布告を黙殺し、多くの自国民を見殺しにしたうえでの謀略という著述はまったく知らないのでしょうか?

投稿: | 2009.07.13 00:34

>?さんへ
「殺しまくっていた」という表現は過激すぎたかもしれません。訂正してお詫びします。でも、一人の民間人も日本軍は殺していないと言える根拠もまたないでしょう。真珠湾攻撃についてもとにかく日本軍がハワイまで行って攻撃して、多くのアメリカ人を殺した(殺す意思があった)ことは事実だと思います。(軍艦が目的で殺人が目的ではないなどと言うのは所詮奇麗事だと思います。多少の米軍人が死ぬのは当然と思って攻撃したと思います)
国を問わず戦争さえなければ、人を殺すなどということは全くしそうもない人でも、殺さなければならないのが戦争であり、殺された人はもちろん、殺さなければならなかった人も戦争の被害者だったのだと思います。
そういう悲劇を繰り返さないためには、どちらが正しいではなく、日本人も外国の人を多勢殺してしまったと戦争という認識も必要なのではないでしょうか。
というのが写真によせて自分が言いたかったことです。言葉足らず、知識不足で失礼しました。

投稿: | 2009.07.13 01:38

なぜ日本は太平洋戦争という完璧に不利な戦争に挑んだのかお分かりでしょうか。
それは我々大和民族の命運を賭けた、民族存亡のかかった戦いだったからではないですか。訂正こそすれ、あなたの『殺しまくった』という表現は悪戯に人命を軽視し、尊厳をも踏みにじるものです。日本は人を殺すことが目的で戦争に突入しなければならなかったのですか?
日中戦争を一方的に侵略であると批判し経済制裁を下して、相手に先に攻撃を仕掛けさせる米国の手法は、今と何か違ってますか?
掲載しておられる南京大虐殺の写真であるというそれは、北朝鮮のサイトでは反日朝鮮人を虐殺する日本兵、というタイトルで掲載されていますがご存知ですか?
真珠湾攻撃のアメリカ民間人死傷者は100人にも満たないですが、アメリカが最初から民間人を標的にして行なった広島長崎投下の原子爆弾によるもの、そして日本の各都市に加えた空襲による数百万人の死傷者は比較できますか?
捕虜虐待は日本軍のものより、実際アメリカ軍の方が酷かったことはご存知ですか?
あなたは尊厳ある英霊に対して、米国の腐った民主主義ごときのまやかしに彩られた大和民族破滅思想を、平和の象徴であると豪語できますか?
あなたは私より遥かに年上であられるのに、このような事が理解できないのはなぜですか?
私の祖父と祖父の兄弟は立派に戦い戦死しましたが、感謝に耐えないという言葉はご存知ですか?

投稿: 八紘一宇 | 2009.07.17 13:30

>八紘一宇さん
>100人にも満たない
100人以下なら殺しても良いのですか?
>祖父と祖父の兄弟は立派に戦い戦死しました
祖国を思い、家族のためにと戦地へ赴き、過酷な状況の中で戦われた諸先輩に対しては自分も感謝に堪えません。

ただ、戦争ですから状況によって敵国の軍人や民間人をも殺さざるおえなかった場合もある筈です。
そういう人として哀しい歴史に向ける真摯な反省の視点もあってもよいのではないかと自分は思うというだけの話なのです。
色々な考え方や思想、宗教もあるとは思いますし、思想信条の自由はあると思います。ただ日本人だけは特別でそれが許されるなどと自分は思わないというだけです。コメントありがとうございました。

投稿: | 2009.07.18 04:22

惑さん,

>なぜ日本は太平洋戦争という完璧に不利な戦争に挑んだのかお分かりでしょうか。
>それは我々大和民族の命運を賭けた、民族存亡のかかった戦いだったからではないですか。


あなたこそ当時の時代背景をよく分かってないのでは?
それは軍部の大義名分で,ほとんどの国民がそれに踊らされていたというのが事実でしょう。

確かに数多くのプロパガンダが存在するようですし,犠牲者の数もいまだにはっきりしていませんが,これだけいろんな文献や資料が明らかになってきた現代において,南京大虐殺(あえて大虐殺と書きます)のような事件があったことを否定することは難しくなってきました。

大事なのは,それを素直に受け止め反省し,後世で同じ過ちを犯すことのないようにすることです。

アメリカの捕虜虐待がどうのとか,腐った民主主義がどうのとかいう言葉で責任の所在をすり替えるのはやめましょう。

投稿: 反戦論者 | 2009.11.17 01:18

>反戦論者さん
コメントありがとうございます。

>大事なのは,それを素直に受け止め反省し,後世で同じ過ちを犯すことのないようにすることです。

仰るとおりだと思います。反論されているのは自分の記事ではなく「八紘一宇」さんという方のコメントに対してだと思われますが・・。

主旨に反するコメントであっても、そういう意見もあるということであえて削除はしていないため誤解を招いてしまったようですが、反戦論者さんのご意見には100%賛成です。
アメリカの原爆による日本人の被害者も、日本軍による他国の被害者も、どちらも哀しき戦争被害者であり、加害者になってしまう悲劇を含めて戦争反対であるという主旨を示したくて並べた3枚の写真ですので。

投稿: | 2009.11.17 10:13

戦争を体験していない者に出来る事は、一つしかありません。自分をその場に置いて見る事です。想像すれば分かるでしょう?

投稿: | 2010.08.10 00:55

?さん
>自分をその場に置いて見る
確かにおっしゃる通りですが、ちょっとコメントの趣旨が理解できませんでした。申し訳ありません。何か物足りない印象をもたれたのかとは思いますが、まさにそう想像して書いた記事やコメントです。
世界のどこかで今も戦争は行われていて、自国ではなくても傭兵だったり、ジャーナリストだったりと、そこへ身を投じる人もいます。
具体的にイメージする時に、被害者の立場を想像するのか、加害者の立場を想像するのか、いずれであってもその場に自分を(自分だけでなく誰も)置きたくはないというのが自分のスタンスであることだけは確かです。コメントありがとうございました。

投稿: | 2010.08.10 01:35

惑さんへ

自分がその場にいて、目の前で自分の大切な人が死んだりするのを良く夢に見たりするので、先日のようなコメントを書かせて頂きました。
例えば掲載されている黒焦げの死体が自分の一番好きな人だったりとか考えると、見ていられません。
理詰めで考えられるのは平和な証拠です。

投稿: | 2010.08.11 00:57

>?さん
>黒焦げの死体が自分の一番好きな人だったりとか
確かに所詮一般論で、いざ自分の愛する人を失う(殺される)場面に遭遇したときにどんな態度がとれるのか、理詰めの客観的な判断がとれるのか自信はありません。
でもだからこそ、そういう状況が起きないように今の平和の重みを十分意識していかなければいけないのだと思います。
そんなことを少しでも考え直すきっかけになってくれれば写真の主の供養にもつながるのではないでしょうか。お盆の時期にあらためて合掌です。
コメントありがとうございした。

投稿: | 2010.08.12 06:06

むしろ日本の平和運動と称するものは日本軍を誹謗中傷するようなものばかりではないか

投稿: | 2010.08.13 15:07

>?さん
さぁどうなんでしょう。ただ戦争の現場に送り込まれた人たちがやってしまったことは、基本的に責めれないのではないかと自分は思っています。教育や訓練を受け、仕事として義務として、一生懸命にその場面場面を生き抜いた人たちの行為に行き過ぎたこともあったかも知れませんが 残してきた家族のため、日本と言う国が栄えるであろうために今そこで戦うしか選択枝がなかった人たちを責めることはできないように思っています。難しいですね。

投稿: 惑 | 2010.08.13 22:25

戦争は恥ですよ。少なくとも、今の時代では。

当時の日本人は
恥じる心を重んじていました。
多くの人が
「お国のために命を使わないと恥だ」
そう思っていました。
その延長での虐殺もあったかもしれません。

そして、今では逆に
「戦争ほど愚かなものは無い。恥だ」
そう思っている人が多いですね。
過去がどうであれ、人を殺すなんてもっての他です。

一見、これら2つは真逆の思想のように思えますが
「恥じる心を重んじる」という点では
共通しているのです。
そして、それが日本人らしさなのです。

そのことを心に留めておいてください。

投稿: | 2011.01.14 19:24

>?さん
コメントありがとうございます。
>「恥じる心を重んじる」のが日本人らしさなのです。
その時代背景や環境によって基準は違っても恥ずべきことはしないのが日本人。とてもいいお話を伺ったような気がします。
「そんな恥ずかしいことはできない」人前で手を握るのも恥ずかしかった時代から、キスまでしちゃっても恥ずかしくないのか?と思う時代へ。踏みとどまって欲しい日本人の恥の基準もあるような気がしますね。

投稿: | 2011.01.15 07:30

アウシュビッツはドイツではなくポーランドにありますよ.ポーランドが申請したのでは?

投稿: ま | 2012.04.14 00:38

>ま さん
え?ポーランド。本当だ。その言葉の響きからドイツのどこかと思い込んでいました。いやぁ、恥ずかしい限りです。
でもそのポーランドの国立博物館の扱いのアウシュビッツの維持管理費としてドイツはその恒久的維持費用の半額にもあたろうかという6000万ユーロ(64億円)を拠出していたり、ユダヤ人虐殺の追悼モニュメントをベルリン市内に設置したり、歴史の教科書にしっかりと記述されていたりと、地続きの隣国が8カ国もある中での他国への配慮もあるのかもしれませんが、アウシュビッツで行われたことに対する国家としての反省姿勢はかなりのものがあるようです。
それでも大戦中のポーランド侵攻などは、戦争という中でのことで特に反省することとしては扱っていなく、国家として戦争だからしょうがなかったとすることと、戦争とはいえやってはいけないことの境目は簡単には線引きできない部分があるのも確かなようです。1個人としては、どんな理由があっても人に人を殺す権利などない。と(きれいごとを)主張していたいのですが。

投稿: | 2012.04.14 11:04

>日本がいつ中国や東南アジアや敵国の一般市民を殺しまくっていたのですか?

そうですね。 戦争なので殺してないわけじゃありませんが、むしろ日本は救っていました。言い掛かりは彼らの得意ですからね。

http://blog.goo.ne.jp/deception_2010/e/a1b97f7a78ac591275cc30fbd06214a8

投稿: 一般人 | 2012.07.14 19:48

>一般人さん
コメントありがとうございます。
>戦争なので殺してないわけじゃありません・・
そうですよね。人を殺すんですよね。日本人も殺してしまったのは事実ですよね。

殺したことを、殺してしまったことを反省し、二度とそういう事が行われてしまう戦争を起こさないようにしていきたいですね。
というだけの歴史の真実には詳しくない一般人の単純な記事です。

朝鮮半島、中国、東南アジアの苦しんでいた人々を日本軍が救ったのであれば、それはそれで素晴らしいとは思いますが、たとえそのためであっても、人を殺すことが許されるとは思わない、殺してしまったことも認識し反省しましょうという「きれいごと」がこの記事のスタンスです。

投稿: | 2012.07.15 01:03

真珠湾攻撃に至るまでの経緯を少し勉強された方が良いのではないでしょうか。

とは言っても、だからと言って真珠湾もB29による空襲も、原爆投下も、、到底正当化できるものではありません。

南京は本当に日本軍が行った行為なのか、通州事件の事は何故報道されないのか
どこに真実があるのか

そんな事を見極める力が欲しいと思う日々です。


ですが、日本は戦争に負けてこっち、あまりにも自虐的な歴史感で溢れていたように思います。
勿論、日本軍がやった事を反省するのは当然として「日本が悪い」と糾弾するばかり諸外国の言い分をまた鵜呑みにするのも危険ですね

投稿: 通り過がりですいません | 2012.08.19 12:26

>通りがかりですいませんさん
日本人でもアメリカ人でも中国人でも、軍人でも民間人でも等しく尊い人間の命を奪い合わざるおえないのが戦争というもので、戦線で銃弾に倒れる軍人だけでなく原爆、特攻隊、虐殺、自害、戦争によって生命の灯が消される形は様々な形があったのだと思います。
そんなことが、起きてしまう戦争をなぜ始めてしまったのか、始めざる終えなかったのか。それを回避することは出来なかったのか。歴史に学ぶことは多いと思います。
ただ、詰まるところ日本だけの問題ではなく、今も地球上では戦争状態の国はあるわけで、日本だってそれに巻き込まれる可能性がないとは言えません。人類として戦争と言う名の下に人と人が殺しあうことがないような世の中にしたい。
そういうきれいごとのスタンスでこの記事は書いています。

しかし、真実を誤って伝えてよいとは思っていません。また独立した国家として凛とした態度で諸外国とは対応してほしいとも思っています。なんだか最近は情けない感を強くしていますが。

コメントありがとうございました。

投稿: | 2012.08.20 00:42

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