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惑の花折々 1017

Mizuhiki
ミズヒキ(赤) ギンミズヒキ(白) 水引と言えばやはり紅白。白い水引は初めて見ました。10月15日に六義園にて。この写真の後、富士山に登って来ました。

Dscn3153_edited 「富士山」と彫られた石碑もありましたが、まぁ実際には富士山もどきというか富士塚というのが正しいのだと思います。六義園の近くに富士神社という神社があります。山岳信仰のひとつとして江戸で大流行だった富士山信仰で、この神社内にも富士山を模した富士塚がありお年寄りや女性など富士山までは行けない人が参拝したようです。
写真はその富士塚というよりはご神木のカヤがメインの写真です。後ろに見える階段が富士塚の階段。
江戸の火事と、第二次世界大戦の空襲でずいぶん焼けてしまった寺社が多いようですが富士山の神様、七福神、いろんな神様とおおらかに仲良く付き合っていた江戸庶民のいた江戸と言う街は世界一信仰の厚い街だったのかもしれません。

参考 歴史の足跡Ⅱ (富士塚のhome)
   東京中のほとんどの富士山(こんなにあるんです!!)
   東京の富士山(1)  (2)  (3)  (4)
   by matumo's Home Page
      

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コメント

>富士山に登って来ました。
またやられた(笑)

こんばんは!
富士山って、江戸人には特別な思い入れがあるようですねえ。ただ今お勉強中^^;;;

投稿: 桜桃 | 2006.10.17 21:42

>桜桃さん
またやられた などとは人聞きの悪い・・(笑)。まだビルがなく大気汚染もない江戸時代、あちこちの富士見という地名の場所からは富士山がはっきり見えたんだと思います。
ただ5合目までは車でなどという現代とは違いますから歩いていくのは一般人には大変で、近間で富士山登山ごっこでお参りの値あることにしちゃったんでしょうね。コメントありがとうでした。

投稿: | 2006.10.18 01:04

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