« 2003年12月 | トップページ | 2004年2月 »

りんご売りの声

 世の中面白いこと考えてくれる人ってのはいるもんで、吹雪が続いた先週のこと、窓の下にりんご売りがいてもいのになと書いた人がいて、それに答えてそんな天気のあなたのお部屋のTVなら私もぐっと魅力的に映るかしらん?と返歌のようにコメントが返されていたブログを見つけた。思わずニヤリである。やってくれるじゃないの。である。
 井上陽水「氷の世界」にかけて遊んでいるのである。大熊さんの「issey-9」の「りんご売り」とそのコメントである。
 りんご売りって何を叫ぶかわからないと言う話である。りんご売りと言えば

  「りんごぉえぇ りんごおぉ   」 (風鈴が揺れて) チリリーン チリン

って これは きんぎょか・・ (笑) あぁ~あ、感性も品性もないオヤジギャグでまたポイントを下げてしまったような気がする。でも、短い北国の夏に金魚売っていたあのおじさんは冬は何していたんだろうなぁ。昭和30年代金魚売りの行商は北海道にも居ました。
 青い空に麦藁帽子なんてず~っと先、明日も天気は良くなく寒いようだ。毎日吹雪吹雪なんだから誰か指切りしようよ。僕と指きりしようよ。「指きりげんまん 嘘ついたら針千本飲~ます、指きった」

| | コメント (3) | トラックバック (1)

いつ何処で落としましたか?

 ズボンの後ろに二つ折りにしていれている財布で日常は用が足りているのだが、俗に言う札入れというのも一応持っていて、そちらには常に30万くらいの現金は入れて持ち歩いている。などという夢は持っているが、滅多に使わないカード入れがメインの使い方で札が入っていることは少ない、給料日直後は分割してということで一時的に数枚の(断じて数十枚ではない)の紙幣が保管されたりもする。
 今日ふと、気が付くとその札入れがからっぽに・・ というより 1万円札一枚以外は空っぽに。え?そんなはずは・・家で出してどこかに置いたかなぁ。いやそんなはずは・・。財布はある。一万円札1枚というのがそもそも不思議・・。入っているなら数万円のはず、入れたよなぁ、あれ まだ財布にはいれずに家の引出しの中にあるままだったか。どうも情けないことにそうなってみると自信がない。どこかで抜き取りスリに遭ったか。家族のいたずらか。はたまた自分の記憶ミスか・・。とりあえずそこに入っていたクレジットカードだけは盗難、紛失で再発行を依頼した。どうもきつねにつままれたような事件が発生してしまった。 一応警察にも届けなければ、でも、家に戻って確かめてからにしよう。おっちょこちょいの自分はよくものをなくしたり、落としたりするのだが届けるときに思うことがある。きっとまた聞かれるなと。きちんと答えられないあの質問。

 「いつ、どこで落としましたか?」

それがわかっていたら自分で拾っているのだ。カードの届は良いのだがなくなった現金は勘違いや家族のいたずらでなければ100%復活しない・・・。痛い・・。でもいまどき抜いて中身をとってまた戻すなどというリスクを泥棒がとるだろうか。家に戻るとあって欲しいのだが、はっきり覚えていない記憶力の曖昧さも哀しい事実ではある。

続報をお待ちいただきたい、って いうほどの話でもないですね。所詮他人事。(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

インベーダーゲーム

インベーダーゲーム タイトー社の傑作テレビゲーム 違法なコピー機も出たり工場に現金もって買いに来た人もいたと、その後「電車でGO」をヒットさせた方にお話を聞いたことがある。
クリックすればあの懐かしい画面が・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ペンギン祭り

すっかりあちこちでペンギンが飛びかっていますが(笑)私もマージさんとこ経由で結構ハマってしまいました。
『smack the pingu!!』
クリックしてペンギンを飛ばす(ぶったたく)だけのゲームなんですがね。始めたら本当に止まりません。忙しい人は無視してください。危険です。ちなみに公式世界記録は593.5後輩がものの5分で出してしまい自慢げに送ってきたので証拠の画像を。どうやっても587しか自分は出せないのでした。ちなみに刺さったパターンの自己最高は492。
psaito593.jpg
これが世界最高記録の593.5(笑) 

p492h.jpg
これが刺さった自己最高記録492.1

| | コメント (1) | トラックバック (0)

応援と評論と報道

  ゴールデングローブ賞の発表があって助演男優賞ノミネートの栄養に輝いた渡辺謙は授賞式に世界のスターと同じ席に参列しハリウッドスターとしての十分なスタートを切ったことを示し、同席していたスター達にも改めて認識された。
 冷静な報道としてはこの程度の表現なんだと思う。格は比べようもないが、日本アカデミー賞に置き換えてみよう。普通の日本人はほとんど誰も知らない韓国の俳優が「踊る走査線inコリア」に出て織田裕二を食う渋い好演をしたとしよう。それで映画もヒットしたから助演男優賞にノミネートされたとしても誰も彼が受賞するとは思わないだろう。
過去5年の受賞者は田中泯(有名な舞踏家inたそがれ清兵衛)、山崎努、佐藤浩市、小林稔侍、いかりや長介と並ぶ。
 授賞式の前の報道を見ていると、受賞の確率がかなり高いかのような報道ぶり、日本人が海外で活躍する、活躍が期待されるときの報道は報道ではなくアナウンサーは応援のリーダーになってしまうし、評論家は奇跡の可能性をひたすら論理的に説明する始末の悪い応援団の一人になってしまう。
 愛国心というか身内びいきというか、それを悪いとは言わない。阪神いけぇ、頑張れと阪神の応援報道に徹するマスコミがあってよいし、ニッポンチャチャチャと声援が選手を鼓舞することだってある。ただ、本当の実力的にはどうなのか?4年後に互角の勝負をするためには何をしていくべきか、どう育てるべきか。相手のどこが優れているのか、どう違うのか、冷静に評論し、その事前評価が結果とほぼ等しい。そういう評論も片方で必要ではないだろうか。
 奇跡は取材できればスクープになるだろうが、ゴールデングローブ賞がどういう賞なのか、アメリカの評論はどういう状態なのか。そういう報道ではなく「謙さん、調子はどうですか?」と空港でインタビューするマスコミ取材、ゾロゾロと金魚の糞のように、受賞会場の回りやロビーでうろついていたりしなかっただろうかと心配する。単なる渡辺謙のオッカケである。ゴールデングローブ賞を取材するのに今までの受賞者くらいは勉強して行っていて欲しいと思う。
 ノーベル賞の受賞式で日本のマスコミが顰蹙を買ったのはまだ記憶に新しい。歴史ある権威あるノーベル賞の取材にはふさわしくなかったらしい。今回はどうだったろうか。

日本アカデミー賞公式HP 
ゴールデングローブ賞(日本語) 公式HP(英語)

 

| | コメント (0) | トラックバック (2)

子供は食事抜き。親は太りすぎ。

 なんと哀しいニュースである。岸和田の中学生21kgの虐待事件。どんな人間関係があったのかはワイドショーやら週刊誌やら賑やかに訳知り顔で語られたり書かれたりするのだろう。人それぞれ他人には計り知れない様々な事情はあるのだろうけれど子供がその被害者になるのは居た堪れない。学校は、警察は、児童相談所は、と誰かが救えなかったのかなどという話題ももうひとつの犯人探しのように盛り上がるに違いない。個人的にはそういう類の話はどうも好きになれない。サッカーのゴールが倒れて生徒が死んだ事故で校長を自殺にまで追い詰めたのは誰かということである。
 話をタイトルに戻します。あの父親と内縁の妻。二人ともしっかりした体格で太り過ぎじゃないだろうかという話をしたかったのである。食事を与えないばかりか、甘いもの、高カロリーなものをこれみよがしに食べていたりもしたのではないかと思わせた。人間を容姿で判断してはいけないとはよく言われるが、第一印象というのは容姿以外ないともいえる。父親はなかなかのふてぶてしい悪人面(づら)。大型トラックからあの風貌と体格で降りてこられて「おい!」などとすごまれたら情けないが「あ、いやすいません。」と言ってしまいそうである。さて内縁の妻はというと、どこかでみたような雰囲気、どこか・・やはり事件の犯人。あのカレー事件の林真須美にどことなく、単に二人とも太っているだけかもしれないが、似ているような気がするのは蔑視だろうか。ただ、どちらも事件の犯人と言われなければ、気の良いおばさん風でもあるのだ。その分かえって怖いと思う。あの向田邦子さんの「阿修羅のごとく」には「女は阿修羅だよな…」という台詞も確かにでてはくるのだが。阿修羅度のチェックはご自分で・・。(笑)

上記文中LINKのtopページ
朝日新聞http://www.asahi.com/home.html

毎日新聞http://www.mainichi.co.jp/index.html
阿修羅の如く 公式HPhttp://www.asyura-movie.jp/

| | トラックバック (0)

モノづくりの原点

 1月24日(土) 土曜特集「競演!からくり人形 モノづくりの原点は江戸にあり」というNHKの番組を見た。おなじみ「茶運び人形」からからくり人形の最高峰といわれる「弓曳き童子」まで紹介すると同時にその仕掛けも説明してにゲストが驚き、司会がこれがモノづくりの原点で現在の企業でも改めて評価されている。ロボットの原点だと解説していた。
 からくり人形が日本のものづくりの原点なのだろうか?結局何人かの天才的な発想を持った人に寄ってなしえたもので豊かな創造力を持った人材は日本にもいたというだけの話で、その天才たちの作品を紹介したに過ぎないのではないだろうか?ただ、茶運び人形やそういう天才が作ったからくりの設計図、作り方が本にして売られたそうで言うなればからくり人形指南書にして日本最古の機械工学書 その題を「機巧図彙(からくりずい)」というそうである。 この本は天才の一人からくり半蔵と異名をとった土佐の細川半蔵頼によるものである。
 寛政年間 18世紀末のこと。欧米では機械文明が発達してはいたが、からくりのような自動制御などという技術はなかった時代のことで日本の独自文化といって間違いないらしい。ものづくりの原点として、彼ら天才の発想をモノにつくりあげた精緻な加工技術やコツコツと時間をかけてつくりあげる根気はDNAのようなものがあるかもしれない。モノづくりの原点というならば、「機巧図彙」という本がベストセラーになりえた日本の教育にあったのだと思う。
 コロンンビア州立大学ロナルド・ドーア教授の『徳川日本の教育制度』という論文の中には江戸時代の識字率は、英国よりもはるかに高かったと書かれているそうで寺子屋によってなしえていた教育レベルの高さと鎖国の是非は別として江戸幕府による長期安定政権による戦のない世情こそモノづくりの原点だったではないだろうか?
 「機巧図彙」を買って同じように真似て作ってみる。そうして自分なりにアレンジしてみるくらいは皆やったのであろう。天才の発想・技術が本を買うお金は必要でも、特許料も払わずに沢山の人が共有し、さらにアレンジして行く。これは最近コンピュータの世界で言われているオープンソースの発想と同じである。一子相伝、誰にも教えない、特許侵害などというのではないおおらかさ。こうして底上げされた技術・知識レベルの高さこそがモノづくりの原点であり、明治になり怒涛のごとく押し寄せる西洋文化を素早く吸収しモノづくりに長けたjapanの原点だったのではないだろうか。
 さて、「機巧図彙」を読み解かなくてからくり人形を作って見る楽しみをそのまま提供してくれる商品があることをからくりを調べていて知った。設計図と部品つき。難度が高いのか完成品も発売されている。モノづくりの楽しさにはまるのも一興かもしれない。小学生の頃自分が科学者になったような気持でわくわくしながら付録を楽しんだ雑誌があった。「学研の学習と科学」である。先の商品は「大人の科学」シリーズと銘打ったその学研の商品で「大江戸からくり人形(茶運び人形)」と「弓曳童子」の二つがある。ちょっと心惹かれるものがある(笑)
 学校以外での勉強について、「全く、または、ほとんどしない」と答えた生徒は41%という文部科学省の調査結果が昨日発表になっていた。わくわくしながら学ぶ楽しさを知らないのは不幸な気がする。そうして日本のモノづくりの土台が揺らいでいるような気がする。

上記で紹介したLINKの先頭HP
THE KARAKURI からくり人形
学研 大人の科学シリーズ Top

| | コメント (0) | トラックバック (1)

日記じゃない?

 つれづれなるままに・・と副題に書いてはいるものの「わくわく日記」という「日記」としてはどうなのだろうとふと思った。「日々の出来事や感想などを一日ごとに日付を添えて、当日またはそれに近い時点で記した記録。」と言うような定義になるらしい。

「×月△日晴れ 今日は・・・」というあのパターンは確かにほとんどない。タイトルを自由帳とか雑記帳に変えようかな。というより少しいかにも日記風も時に綴ってみようか。

1月23日 曇り時々雪
 会社に行く。仕事をする。なかなか思うようにはかどらない。今年成人式だった娘とデートという同僚と別れて帰宅。実家から届いた鮭の飯寿司と海が荒れて海岸で拾ったというホッキ貝の刺身で夕飯。旨い。まさかのミステリー、たけしの誰でもピカソ、を見る。餌台の餌が減っていない。屋根が風で飛んだせいか、ハイタカ事件のせいかあの頃から雀の数も減ってきているようだ。 

なかなか日記風ではある。鮭の飯寿司は説明が必要かな。ココログのなかではマージさんが書かれています。「正月は紅鮭の飯寿司」しかも写真つき。ホッキ貝は調理の仕方と出来上がった刺身、寿司ねたにもなる商品を紹介。

※ホッキ貝の食べ方は 関東周辺 立ち寄り温泉みしゅらん さん の プロフィール内 特別企画からのLINKです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

読書絵手紙コンクール

 読書絵手紙コンクールというのを日本海新聞が行っている。本を読んだ感想を絵手紙にするという企画である。今ひとつピンとこなかったのだが受賞作品を見てその良さがすぐわかった。 ひとつは本を読んで絵にするという印象のイメージ化という作業が行われる点。もうひとつは単なる感想ではなく誰かに伝える手紙という形式をとったこと。絵と短い文章という絵手紙の形を借りて子供たちの心が伝わってくる作品ができあがっている。手紙の相手は物語の主人公にだったり、友人にだったり家族にだったりする。昨年の受賞作品の文字だけを紹介してみる。

最優秀作品 (智頭町立富沢小学校5年 国岡由佳さん)
かなさんへ エルンストみたいに迷っても友達に話せばらくになれるよ!!  由佳

優秀作品 (学校法人かもめ幼稚園 6歳田澤茉夕さん)
にじいろのはなさんへ かんむりをあげるよ まゆ より

優秀作品 (岩美町立岩美北小学校3年 田中春奈さん)
大ふくろうへ そんなに先生になりたかったんだね へんしんすごかったよ 私の学校にきてね 田中春奈より」  

入選の中から一点 (岩美町立浦富保育所2歳 野沢祐斗くん)
じいじとばあばへ ゆうと より」 文字は代筆だがきっとこんな会話があったのだと思いたい。
「ゆうとくんはだれにだすのかな?」「じいじとばあば!!」100点満点の孫である。(笑)

 是非絵と一緒に見て欲しい。 「昨年の受賞作品」で飛ぶHPの 「受賞者のみなさん」の絵手紙部門から 受賞作品が見れる。地方文化の担い手としての新聞社の役割は小さくない。独創性あふれるとても良い企画だと思った。鳥取の雪の影響の混乱を見に行って初めて知った日本海新聞http://www.nnn.co.jp/主催のこのコンクール応募資格は鳥取県在住で、今年の募集は今日で終わりという間の悪い紹介ではある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

火星人にやられた?!

 NASAの発表によると荒涼とした赤茶けた荒地の画像を送ってきていた火星探査車「スピリット」からの連絡が途絶えているらしい。生きてはいるようだがデータ送信がなされてないという情報である。
 いろんな原因や可能性が報告されているようだが、ここはずばり 「火星人にやられた!」 と考えるのはどうだろうか(笑)。あんな場所だから 滅多に人通りもないだろう。それでもレーダーのようなものでデータの発信が認識されれば、調査隊がやってきても不思議はない。 回収して分解する。 そんな高度な科学知識を持った宇宙人ではなくてもハゲタカかガラガラへびかそんなのがやってきて、つついたり、かじったりしてもダメになるだろう。
 あの蛸のような宇宙人が火星にはやっぱりいたのかもしれない。H・G・ウェルズの《宇宙戦争》を読んでそうか火星人というのはタコみたいな形なんだと小学生の頃わくわくしながら読んだのを思い出した。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

スボちょった。

 スボちょった。隠れていたという意味の鹿児島弁だそうだ。雪が降った鹿児島はどういう騒ぎかと「南日本新聞」を覗いてみた。「大雪で交通混乱 鹿児島市街地で□センチ」北海道だと最近見たのは「北見市で積雪170cm」とか「今日夜から明日朝にかけて20cm」というのが大雪で混乱の相場。 正解は4cm。11月の初めだと札幌でも4cm積もったら同じ状況かもしれない。靴もタイヤも夏用だろうしJRのレールのポイントに雪を溶かすヒーターなんて設備があるわけがない。所変われば、である。そうそうママさんダンプもないから雪かきだって大変だと思う。チリトリではちょっと大変だ。
 それでその南日本新聞のHP見ていると「黒ヂョカ」というコラム(右下 紙面から の 下から三つ目 おくやみ 社告 の前)があった。 「黒ヂョカ」 (黒千代香 )も??であるが、焼酎を飲むのに使う道具らしい。絵をみる限り土ビンに似ている。そのコラムの今日(2004/1/22)のタイトルが「地がいっぱん」その中に地元の人の会話が紹介されていて 「スボちゃった」が登場する。鹿児島でもマイナーになりつつある方言なのか女子高生でも使う方言なのかはわからないが「あずましい」と同じくらいの感じなのだろう。
 言葉は文化である。標準語という表現自体実は気になるのだが、まぁ共通語によって異国の人とも意思の疎通が出来るのはよいが、方言でなければ表せられない気候や味や気質があったりする。いたずらに昔を懐かしむつもりはないが、残していきたい文化と同時に残していきたい言葉はあるような気がする。「しばれる」は「凍る」でも「寒い」でもない「しばれる」じゃないと伝わらないのである。そんな文化を伝えていくのも地方新聞の大事な役割のように思う。南日本新聞の50年続いているというコラム「黒ヂョカ」はなんだかホッとする心和む話題を鹿児島弁と一緒に伝えてくれる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

校長先生の命の授業

 永六輔さんはおばあちゃんおじいちゃんが孫と一緒に暮らす一番大きな意味は死んでいくことだと言っていた。幼いうちに身近な人の死を体験するということで生命が限りあることを知り、同時に尊さを知る。自分のおじいちゃん、おばあちゃんじゃなくても可愛がってくれた近所のおばあちゃんでも良い。そういう付き合いが日本の何処にでもあって、子供たちは地域の子供たちだった。と話していた。

 それを自分の死を持って生徒に伝えた校長先生がいた。 神奈川県茅ケ崎市立浜之郷小学校の大瀬敏昭校長。 このお正月2004年1月3日、57歳の若さで亡くなられた。 以下 直後の死亡記事とは別に、この校長先生を伝えたいと言う暖かい記事が21日再び朝日新聞の教育欄に掲載された。

 是非一読されたい。 泣けてしまう。

2003年6月号のAERAにも「癌の校長の「命の学習」 死にゆくさまを子どもに見せたい」という紹介記事が掲載されていたようだ。

記事にはこの後に先生が授業で取り上げた本も紹介されている。きっといい本ばかりなのだと思う。

呼び捨ての「校長」ではなくて敬愛を持って生徒からも先生からも「校長先生」と呼ばれていたであろう

 茅ケ崎市立浜之郷小学校の大瀬校長先生に 合掌。

このコラムのLINKはいずれも朝日新聞(http://www.asahi.com/)の中の記事である。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

海ぶどう

 「<海ぶどう>首都圏で好調、2週間で1万パック」 という記事が琉球新報2004/1/21の記事になっていた。
「恩納村漁業協同組合(金城重治組合長)が生産する海ぶどうが今月から、大手スーパー、イトーヨーカ堂(東京都港区)の関東地区125店舗で販売され、2週間で約1万パック(1パック40グラム、498円)を売上げるなど好調な滑り出しをみせている。」そうで「常温保存で賞味期限が1週間、直射日光や30度以上の高温、10度以下の低温に弱く品質管理が難しかった。」のを工夫し商品化できて今後展開していこうという内容である。詳細は記事を参照。
 寒い北国に住んでいて、沖縄はどうかと覗いたのだが、「本当に寒い大寒で最高気温は16度だった」などという、さすが南国沖縄と思う記事や「米軍の水陸両用車、事前連絡がないままキャンプ・シュワブから海域を通って国道329号を横断して、宜野座村のキャンプ・ハンセンへ移動した」という基地問題にはこういう話もあるんだと驚く記事の中に「イトーヨーカドーで海ぶどう新発売 好評」の記事が並んでいた。沖縄だと産地の記事だが、東京だと立派なCM記事になる。面白いと思った。それと同時に沖縄へ行かないと食べられないものがまたひとつ減っていくことがどうなのかなぁと思ったりもした。
 ゴーヤが北海道のスーパーでも買える時代ではあるし、本当に新鮮なものを産地で食べる楽しみが消えるわけではないが、東京まで運べば鮮度はやはり多少落ちると思われ、それで、この程度のものかという第一印象を与えてしまう可能性はないかと心配するのである。海ぶどうは食べたこともないのだが、朝もぎ茹でたてのとうもろこしの美味しさに「こんな美味しいとうもろこしは初めて食べた」という本州(内地)から来た親戚が言うのは何度も聞いたことがある。いつか沖縄へいくまで「海ぶどう」はたべないで置こうと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

世界一の日本庭園

 米に「Journal of Japanese Gardening (JOJG)」 という雑誌があるというだけでびっくりなのだが(日本庭園ジャーナルですからね)そこで昨年 日本庭園best20が発表され、あの「桂 離宮」を押さえて一位になった庭園美術館の話が 今月号の「JAF Mate」に載っていた。
 島根県安来市にある「足立美術館」という施設である。
日本全国で389の庭園を実際に訪れ調査し、同美術館の庭園を「細部にまで維持管理が行き届いた造園の大傑作」と絶賛しています。知名度ではなく、質の高さや建物との調和、利用者への対応などをポイントにランキングしたそうです。ホテルの庭とかが、いくつか入っているのも、そういうスタンスで選ばれたものなのなのだろう。
 雄大な借景を利用した庭園の写真を見たが確かに凄い。庭だけでなく横山大観と榊原紫峰らの近代日本画と河井寛次郎・北大路魯山人の陶芸作品、木彫、蒔絵、童画の数々およそ1300点をコレクションする美術館である。2200円の入場料は決して高くないと思われたし機会があれば一度訪問してみたい。
 
 JAF Mateの記事には「これは日本美を体験できるテーマパークだ。庭園を眺めて「きれい」と声をあげ、大観の絵の前で「すごい」と叫ぶのが、この美術館としては実に正しい」としめくくっている。できて30年しか経っていない美術館だが自分の感性で1位に選ぶアメリカの素晴らしさに学ぶものがあるし、なにより日本庭園をひとつの文化として捕らえ注目している人たちがアメリカにかなりの数いるからこそ雑誌やこんな特集があるのだろう。アメリカに評価されて改めて注目されるという逆輸入パターンは少し哀しい。日本3庭園は入っていなかった。頑なに守っているつもりが木は育ち借景にはビルが建設され出来た当時の風情が損なわれてしまっている公園も少なくないのかも知れない。今の浜離宮では鷹狩はできない。高層ビルは江戸時代の日本庭園の借景にはなれないようである。平成の日本庭園のひとつの答えが足立美術館なのかも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

砂の器

 SMAPというグループのリーダーだけのことはある。中居君 さすがである。プライドの木村拓也よりも新撰組の香取信吾よりも黄泉がえりの草薙剛よりも重みのある陰のある役はやっぱり中居正広である。歌の下手さを逆にしつつSMASMAの司会で「おいしい~~!」と叫んでいる彼の真骨頂は役者にあるような気がする。
 原作が緻密な骨太の松本清張。夏八木勲、市村正親、赤井英和、原田芳雄、渡辺謙、なかなかよい顔ぶれの共演者に負けていないと言ってよいと思う。脚本/龍居由佳里 よく知らなかったが才能あふれる人のようだ。あの「白い影」も彼女の脚本らしい。「ラストサムライ」で今旬の渡辺謙。ふたたび主役をくいそうな存在感はさすがである。
 「行列のできる法律相談所」も出演者のキャラと役割が固まってややマンネリなので、昨日もチャンネルを変えてしまったのだが来週も「砂の器」になりそうな気がする。毎週 石田純一を見たいとは思わないし、妙にトゲトゲしさが消えた磯野貴理子もつまらないしね。ただあの番組の功績は「弁護士によって考え方は異なる」ということを一般人に知らしめた点にあると思う。あの番組で弁護士は出演料を払ってもらっているのだろうか?広告料を払っても出たいという弁護士はたくさんいるような気がする。さてさて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

60歳のラブレター

 ご存知の方も多いのかも知れないが、今日知ってちょっといいなぁと思った。「60歳のラブレター」
募集の締め切りが迫っているそうである。 

応募資格:応募者本人または配偶者が50歳以上の方
       (2003年11月22日から2004年1月31日に本人または配偶者が該当すること)
応募内容:「夫から妻へ」「妻から夫へ」のラブレター。
      あらためて思う感謝の気持ち、今だから言える素直な一言など
      「60歳のラブレター」をはがき一枚に綴ってください。
応募期間:2003年11月22日から2004年1月31日(当日消印有効)

というものである。11月22日(いい夫婦の日)にかけたイベントらしい。

「おくるほうが思っているより、もらうほうはずっとうれしい。」というキャッチコピー。

文字数ではなく はがき1枚というのが良い。赤の他人が出会って連れ添って60歳、人生の半分以上をその人と共に過ごしてきたといえる年月も良い。そうして 紹介されている内容はまた良い。自分の父母もこんな気持でやってkたのかなとも思う。まだ応募の権利をもってはいないが自分がその年になったときこんなラブレターをかける関係であれたならいいなとも思う。

 「あまりええ話やないんやけど」。リストラを一日遅れで打ち明けた夫に、兵庫県上郡町の五十三歳の妻はこう言った。「ここらでひと息つきませんか」。かつて乳がんの手術を受けた妻は、支えてくれた夫の献身を忘れない。

 真冬の北海道にはじめての出張。準備してくれたやけに重たいカバン。とんでもない寒さ、ホテルについてあけると暖かな下着、ホッカイロ、etc。妻の気遣いに感謝し、改めて愛情を誓い、愛情を求める旅先からのハガキ

 過去3回の作品は出版されているらしい。それにしても、最近、人の気持のあたたかさが素直に伝わるものに触れると涙腺がゆるみがちなのは歳のせいなのだろうか。  (NHK出版 60歳のラブレター 1~3) 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

震災を追う神戸新聞

 9年目神戸の朝は雪だったと聞く。「太郎を眠らせ 太郎の屋根に雪ふりつむ 次郎を眠らせ 次郎の屋根に雪ふりつむ」 そんな雪がふったのだろうか。改めて被害に会われなくなった方の冥福を祈りたい。
 神戸新聞のHPに「夜明け前」と題した1枚の写真が紹介されていた。着の身着のまま、身を寄せ合って呆然(ぼうぜん)としているあの日の夜明け前の写真である。盆踊りは開かれなくなったその公園だが今も人は集うという話が紹介されている。「あの時、あの場所」と題したコラムの第一回である。同じ場所の9年後の写真が並べられている。タイトルは場所だが、どの写真も「人」が主役だ。2004年刻む9年と題した今年の特集コラムのひとつである。
 地元の新聞がしっかりと追い続けている姿は敬意を表するが、その姿勢は神戸に住む人たちの気持そのままなのかもしれないと思った。「忘れることなど出来ない。私たちは今もこの町に住んでいる。これからも住んでいく」と。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

Macの皆さんへ

 詩織のフルカワさんのガイドにしたがってMac&IEでコメント文字化けする対策を行った。ただWinなので確認のしようがありません。うまく対策できているでしょうか?ご確認いただければと・・。
 もう四半世紀も昔、仕事先でLisaというマシンを見ました。これがマウスというんだ。GUIっていうのはこういうI/Fなんだと感動したのはマウスの練習のびっくり箱だったかなぁ。何年後かに小さな可愛いパソコンを会社で見ました。筐体の裏側には開発者のサイン(そういう金型!)が入ったものでした。VAXの端末にしてました。
 裏技(Easter Egg)で開発者の名前全員が出てくるなんていうのは最新版のMacでもあるのかなぁ。と調べてみたら・・・まだ裏技としてあるようです、そのこだわりと遊び心がMacだねぇと褒めてあげたい気持と、ビル・ゲイツはそういう仕様は許さないのだろうなという気持と。(笑)

PS.Easter Egg とは 欧米での一大イベント「Easter」での慣習に由来しているようです。色を塗って飾る玉子とは別に、小さな卵型のチョコレートを家中に隠して、子供たちが競争してそれを見つけるということもするそうで、それと同じように、いろいろ隠してあるのを探してごらんという意味をこめて「裏技」をそういう名前で読んでいるようです。英語が得意な人なら常識の範疇なのかな。もちろんWindowsのEaster eggもあります。楽しいかどうかは別として。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

また、できちゃった婚?

 北海道の冬台風がまだ道東で暴れていて陸の孤島になっている話とか、すごい嵐でも床下浸水というような被害や農作物がという被害はでないなんていう話を書いてみようかと思っていたのだが、歌手の元ちとせさんがネットで結婚発表 夏に出産の予定 について思うところを書くことにした。誰がいいだしたか「できちゃった婚」。広末涼子、木村拓也、・・・。もう全く普通のことのように報じられていて芸能界だけかと思っていたら厚生省の統計によれば1/4がそういう状態らしい。もちろん「できちゃった婚」などとは表現しない。「結婚期間が妊娠期間より短い出生の傾向」という纏めである。
 24歳以下で60%ができちゃった婚、19歳以下にいたっては80%、一昔前は中絶していた命が今は救われていると考えれば良いことのような気も一瞬するが、めったにないことではなく、日常的にあることに変わってきていると考えるべきなのだと思う。茶髪と呼ばれる髪を染めることだって一昔前は滅多にない事であったのと同じように。
 「子供は国の宝」とも「子はかすがい」とも言われてきたが、最近の目に余る耳を塞ぎたくなるような乳児、幼児、児童虐待の事件の多さとこの事象は関係はないだろうか?結婚しようという意識と単なる恋愛に興じている意識は違うような気がする。ましてや親になる心構えとなるとそれは軽いものではない。夫婦が協力して子供のために殆どの時間を費やす日常に変わることを意思を持って望む必要がある。大げさに聞こえるかもしれないがそんなものである。「結婚しよう。子供も作ろう。子供ができたら親にも言おう。籍も入れよう。それまでは自由に」なのだろうか。納得しかねる部分もあるが、これならまだ良い。「妊娠した」「え!・・・」「結婚してくれるよね」などと既成事実で年貢を納めさせられた。などというのも少なくないのかもしれない(笑)。問題は望んではいなかったが中絶するというのも悩ましく結婚することさえお互い考えていなかったのに「責任は取る。結婚しよう」みたいな話での「できちゃった婚」。
 向井・高田さん夫妻が代理出産を依頼してできた双子の男の子を連れて帰国したニュースも流れていた日、赤ちゃん鳴き声分析器の記事もでていた。顔色も見ずに、その変換結果だけを信じるような母親がでてこないかと心配である。
 
 あなたはお父さんとお母さんが愛し合って結婚して、そうして二人が望んで生まれた大事な宝なのだ と そう子供に伝えることができる母親になって欲しいと娘二人を持つ古い父親は考えたりするのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「エースをねらえ」はもう見ない

テレビ朝日45周年記念木曜ドラマ「エースをねらえ」を見せられてしまった。最低である。
 7時または7時30分からの30分ドラマ。基本的にターゲットは中学生、せいぜい高校生まで。というドラマだとしても「おいおい」なのだが、木曜9時、テレビ朝日のドラマの看板枠で放送するドラマではないだろうと思った。
 冒頭の登場人物紹介の映像をみただけで、あぁこれはだめだと思った。(狙いどおりなのだろうけれど)素人に歌わせている主題歌の下手さ、「マトリックス」みたいで格好よいでしょうと言わんばかりに意味のない技術を振り回していて、ドラマの中身とのバランスという意味では非常に良いバランスの作りともいえる。
 原作のマンガ自体は1970年代に少女マーガレットに連載された不朽の名作である。 マンガを原作にしたテレビドラマが多すぎると前から思っているのだが、製作に係わる人たちにとってはどうなのだろう。キャスティング、脚本、コマ割、ある意味では絵コンテまであら方出来上がっているものを作るのは辛いと思う。
 そのマンガを知っている人が持っているイメージはアニメじゃないと表現できないものもある。実写では無理なものも。原作に似ているから良いかというとそうとはいえない部分も多々ある。オリジナルな脚本に絶妙のキャスティング、ポリシーを持ったカメラワーク、きちんとしたドラマ作りが行われなくなってきているような気がしてならない。「開き直って作りました、掘ちえみのスチュワーデス物語と同じ乗りです。」と言われたら納得してしまいそうな部分もあるが、それでもまぁ8時台である。
 ホームページでエキストラを募集していた。試合の観客、対戦する相手校(8人の女子テニスチーム)、応援する生徒、いやはや視聴者参加番組にすれば、出演した人の友達、親戚、たくさん見てくれるからだろうか?エキストラだってセミプロがいるんじゃないのかなと思うのだが。いろんな人を参加させたいような募集内容だった。 
 この程度に作れば視聴者はちゃんと見てくれる。このくらいの視聴率は取れる。そんな奢りはどこかにないだろうか?我が家では第2回は積極的には見ないようである。40代の主婦と女子高生からNGを出されたら今後はなかなか厳しいのではないだろうか?奢りでなければものの見事に「はずした」「すべった」というやつかも知れない。
 年末の「笑っていいとも!特別号」で見たここりこ田中君の「宗方コーチ」、タイガー魔法瓶のCMの岩下志麻さんの「象印夫人」(あれはお蝶夫人のパロディである。間違いない)は洒落で楽しめるが、45周年記念ドラマはどうだろう。まだNETという社名だったころ木曜日9時に森繁久彌、竹脇無我でやっていた「だいこんの花」というドラマを懐かしく思い出せる年寄りには寂しくさえ思えた今日の実写版「エースをねらえ」なのであった。

| | コメント (31) | トラックバック (1)

小樽でF1グランプリ

北海道の凄い天気の詳細を見ようと朝日新聞HP北海道ローカル版を覗いたら、楽しい記事があったので紹介したい。

 「小樽でF1」目指しシンポ
歴史的建造物が立ち並ぶ小樽市の公道で、国際自動車連盟公認の世界最高峰の四輪自動車レースF1グランプリ開催の計画が市民らの手で進められている。モータースポーツ文化を北海道から世界へ発信し、街の活性化につなぐのがねらいだ。30日には元F1ドライバーの中嶋悟さんらを招き、「夢はF1 目指せ小樽グランプリ」と題したシンポジウムが開かれ、実現への可能性を探る。(記事より抜粋)

 あの中島悟選手が小樽を訪れて言い出した話だというのだから、コース的には問題ないのだろうと思う。排気ガス、騒音、万が一の事故に対する安全性の確保、俗に言う暴走族への悪影響、実施に伴う交通規制や感心のない人々への日常生活への問題。反対する理由は山ほどあるとは思う。しかし、モータースポーツの頂点、ヨーロッパから発祥した歴史あるF1のレースを鈴鹿以外に公道グランプリで小樽で開催というのは「わくわく」する話題である。ヨットハーバーを背景に、運河を背景にF1が走る。
 「雨の中島」と呼ばれた雨に強かった中島悟選手であるが、雪のコースというのも考えただろうか?スタッドレスタイヤの性能向上、雪道ドライブの技術支援向上というような部分でもレース用の最高技術が開発されたりするのも良いかも知れない。ラリーもあるがやはりフォーミュラーカーによるレースが見たいものである。千歳から1時間強、180万都市札幌から30分足らずの場所というのも魅力的である。
 モナコ マカオ と並んで国際的に公道グランプリが開催されて世界中から観光客が集まる「オタル」になるのもそう遠い話ではないのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

成人式に思う

 成人の日はいつ?と聞かれたらつい1月15日と言ってしまいそうな自分なのであるが、1月の第2月曜日、昨日は「成人の日」だった。
 浦安市の成人式の会場は東京ディズニーランド、50%台だった出席率は今年は73.8%ミッキーに生クリームをぶつけたりするような若者もいなく、笑顔で楽しんでいる光景がテレビに紹介されていた。
 
新成人が生まれた一九八三年(昭和五十八年)はどんな年だったか。四月に先ほど書いた東京ディズニーランドがオープン。七月に任天堂からファミコンが発売された。九月に大韓航空機撃墜事件十月にはロッキード裁判で田中角栄元首相に実刑判決が下された。わらべの高部知子がFOCUSされて「ニャンニャンしているところ」とコメントしたのもこの年。中川一郎、カレン・カーペンター、寺山修司が亡くなった年。「おしん」「金曜日の妻たちへ」「ふぞろいの林檎たち」「スチュワーデス物語」が放映され、大原麗子が「少し愛して、長~く愛して」と微笑むサントリーレッドのCMが流れていた。「さざんかの宿」や「矢切の渡し」「SWEET MEMORY」「ワインレッドの心」「お久しぶりね」映画は「愛と追憶の日々」「戦場のメリークリスマス」「楢山節考」などが上映された。 春は池田高校の水野が連覇し、夏は桑田、清原(1年生)のPLが甲子園で優勝した年。あれから20年が過ぎている。オギャーと生まれた子供が成人式なのである。

 成人式はパーティなのかセレモニーなのか。卒業式に君が代を歌い、校歌を歌い、(退屈な?)祝辞を聞き、壇上に登って卒業証書を受けとる。君が代の是非には触れないが型にはまった儀式というのはあってよいと思っている。一人ずつ看護婦さん(現在は看護士というのかもしれないが自分の中では敬意を込めて看護婦さんのままである。)の戴帽式をディズニーランドでやってほしいとは思わないであろう。

 楽しくパーティも悪くはない。小学校で未来の自分を絵日記で書かせて成人式に渡すなんていうことをしているところもある。小学校、中学校の先生を招いて、スピーチを頼んだり、ビデオレターで会場に映したり、お楽しみ抽選会があったり、それぞれに創意工夫して、出席率を高めよう。思いで深い式にしようとしている苦労もよくわかる。皆が帰ってくるお正月に前倒しして開催する地方の自治体もある。

 四半世紀も昔の成人式でも既に背筋をしゃんと伸ばして望むような厳粛さはかなり薄れていたが、それでもまだ式の様相を呈していた。今年の成人式に望んで十二分に頼もしいそれでいて若く夢に満ちたコメントもたくさん見聞きした。しかし何だお前たちはと言いたくなる哀しい若者は今年もいたようである。生クリームを用意するエネルギーのはけ口を与えてやれない先輩の大人が悪いのか、20年の間受けてきた教育に問題があったのか。ああいう若者に育てた世間が今の世間なのだと自分の問題として考えていく必要があるのだと思う。いたずらにご機嫌をとって出席率を高めるばかりが良い成人式ではないような気もする。

 成人を迎えた若者に今夜テレビで90歳を越えるという出川君のおばあちゃんが話していた言葉を紹介したい。「この年になって改めて思う。若いっていうのは本当に素晴らしい。」そうなのだ。若いって素晴らしいのだ。「夢」という文字がピカピカ輝いているのに気がついているだろうか。
成人おめでとう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

鳥インフルエンザには要注意!

 BSE騒ぎで牛肉が品薄になると、豚肉が代替品で需要が増えて値段があがって代替品にならなくなって・・。安い輸入牛肉に代わるのは鶏肉かなと思っていたら今度は「鳥インフルエンザ」なるものが発生したらしい。

79年ぶりトリインフルエンザ感染確認 山口で6千羽死亡 (朝日新聞HPより)  山口県阿東町の採卵養鶏場の鶏から、鳥の病気の一種「トリインフルエンザ」のウイルスが検出されたと、同県と農水省が12日発表した。このウイルス(高病原性H5亜型)は致死性が高く、同農場ではこの約半月間で約6000羽が死亡した。国内での発症は1925(大正14)年以来79年ぶり。  死んだ鶏は昨年12月28日から今月11日までに5982羽にのぼり、同農場で飼育する3万4640羽の17%にあたる。県は鶏舎の消毒後、残りの鶏も全羽を処分する。

 更に農場から半径30キロ以内を鶏と卵の移動制限区域に指定。一種の非常事態宣言である。トリインフルエンザは家禽ペスト(かきんぺすと)とも呼ばれるが人にも移るらしい。世界的には毎年のようにどこかの国で流行して大被害を与えていて人間のインフルエンザウィルスのように型とかもあるらしい。

 トリに感染するA型インフルエンザウイルスのH5およびH7亜型の中には鶏、七面鳥、あひる、うずらに全身性に感染し100%近い致死率のウイルス株がある。これを法定家畜伝染病と定義している。1997年香港では、家禽ペスト型ウイルスに感染した18人中6名が死亡する症例があり人獣共通感染症の一面も考慮しなくてはならない。
トリインフルエンザのさらなる詳細はこちら

 豚肉か魚か・・ ベジタリアンになるか・・ 昆虫で良質たんぱく質を採るという方法(世界屈指の昆虫料理に・・・小西美帆が出会った。)もあるが、今は冬場なので素材集めが大変そうだし・・(笑)

 人にうつって死ぬ場合もあるらしい。渡り鳥が日本中に蔓延させている可能性もあるらしい。要注意である。あ、そうだラム、マトンがあった。北海道の人にはジンギスカンと料理名のほうが意味として羊の肉と伝えやすいあの肉が。かつて米不足で緊急輸入したタイ米がなじまなかったように食習慣が簡単に変わるとも思えないが、変わらざるおえない状況に追い込まれているのかも知れない。吉野屋で「ジンギスカン丼」はやっぱり難しいかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新撰組は青春ドラマ

今夜NHKの大河ドラマ第一回があった。三谷幸喜の「新撰組」だ。道場の床の間に「香取大明神」と書いてあったり、トリビアの八島智人がメガネをかけてあの口調で話していたり、黒板五郎のイメージのままの田中邦衛が出てきたり、小技で笑いとりながらテンポ良くドラマは進んでいた。あの「猫が好き」、「古畑任三郎」、最近だとやはり香取信吾が主演だった「HR」とお気に入り連発の三谷幸喜に期待したい。
 もっともチャンネル権を持っている我が家の女性陣に気に入られている間ということになるのだが、香取、山本、藤原、彼らは若い女性を引っ張り続けられるだろうか?オジサン的に言うと個人的には菊川怜は「どうよ?」なのであるが優香の太夫姿は「いいんでないかい」だったりする。ただ、役者と言う部分では共に不安感は拭えず、沢口靖子を見るとやはり自然であって視聴率稼ぎ、話題つくりのキャスティングがドラマ本来を壊すような本末転倒にならねばよいがと思ったりもした。
 もっとも中学時代に少年ジャンプを購読していた高校生の娘はでているタレントではなく「新撰組」そのものに興味があるという。話を聞けば「るろうに剣心」というマンガ(和月伸宏作 
少年ジャンプ1994年19号から1999年43号 に連載)、アニメが面白く、新撰組が絡んでいるらしい。アニメ化もされかなり人気らしい。妙に新撰組に詳しい子供がいて驚いた人はいませんか?そういう事なんです。
 NHKのHPであらすじは紹介されています。新撰組の勉強しなおすなら幕末維新新撰組とか新撰組百科事典とかいろんなHPを見るのも良いかと思います。登場人物というか明治維新に活躍した人たちの誕生日と亡くなった日はここ。近藤勇は34歳坂本竜馬は32歳で死んでいる。そう考えるとまさに青春群像ドラマなのである。日曜日8時、青春群像ドラマの指定席の時間なのである。 
第一回の放送日が縁起良く「鏡開き」で始まった大河ドラマ。健闘を期待する。
参考:与志田の貼雑帖 (青春ドラマ・ほか)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今NHKで高橋真梨子!

今夜NHKで高橋真梨子のコンサートがある。00:50から・・。高橋真梨子を聞こう。日本の大人の音楽のイチオシである。一緒に盛り上がるライブではないと思うがプロの歌手が良い歌をしっかり歌って聞かせるというのはどういうものか。テレビではあるが堪能してほしい。ま、個人的に非常にファンだというだけなのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

愛しちゃったのよ

「愛して愛して愛しちゃったのよ」
浜口庫之助 作詞/作曲
愛しちゃったのよ(ランランランラン)
愛しちゃったのよ(ランランランラン)
あなただけを 死ぬ程に
(ランランランランランラン)
愛しちゃったのよ(ランランランラン)
愛しちゃったのよ(ランランランラン)
ねてもさめても ただあなただけ
生きているのが つらくなるよな長い夜
こんな気持ちは 誰もわかっちゃくれない
愛しちゃったのよ(ランランランラン)
愛しちゃったのよ(ランランランラン)
あなただけを 命をかけて

歌詞とmidiが楽しめるHP「ふくちゃんの音楽室」より転載

思わず口ずさめてしまった人はおじさんおばさん、というより去年初孫が出来たというおじいちゃんおばあちゃんが少なくないかもしれません。もっともココログ見ているなんて元気で若さ十分ですが(笑)
おっと10年前にサザンの原坊がカバーを出しているのを忘れていました。和田弘とマヒナ・スターズを思い出して口ずさんだ人と訂正しておきます。
 72歳で先日なくなられた和田弘さんのこの歌がヒットしたのは1965年34歳のときである。作詞作曲の浜口庫之助は47歳前後サザンの桑田君が作詞作曲してゴスペラーズが歌ったようなものと言うとそれぞれのファンから非難がでそうだが雰囲気としてはまぁまぁそんなところである。
 ムード歌謡というジャンルになるのだそうである。甘いメロディ、甘い声、ちょっとコーラスなのだそうである。これは鶴岡雅義さんが今朝テレビで語っていた。あの鶴岡雅義と東京ロマンチカのリーダーである。前川清がいた内山田弘とクールファイブ、黒沢明とロスプリモスとムード歌謡のコーラスグループの全盛期の基礎は和田弘とマヒナ・スターズである。
 さて1965年にほかにどんな歌がヒットしていたか、NHKが放送50年を記念して1000曲ピックアップしたHPがある。マヒナスターズは「涙君さよなら」という良い歌もこの年にヒットさせている。
 シャーリーパッシーの「ゴールドフィンガー」も入っている。これは映画007「ダイアモンドは永遠に」の主題曲である。「ごーるどふぃんがぁ~~」のメロディは有名である。もう一曲入っている洋楽のエミージャクソン 「涙の太陽」は後年 安西マリアがカバーし、さらに田中美奈子もカバーした曲である。
他には「北島のおやじ」の「函館の女」。「普通のおばさん」になりきれなkった都はるみの「涙の連絡線」 もう口ずさめる歌ばかりなのであるが、バランスが良くはないだろうか?洋版POPSあり、邦版POS(今はJ-POP?)あり、演歌あり、ムード歌謡あり、それぞれの年代がそれぞれの趣向で歌を楽しんでいた時代、ラジオから聞こえてくる歌が娯楽の中で大きな比率を占めていた時代だからとも言えるが、皆がメロディを覚えて口ずさめる演歌、洋楽2003年は何だろう。演歌では軽いのりだが氷川きよしぐらいだろうか、洋楽もなかなかでてこない。NHKの1000曲リストでも1996年のChange The World(エリック・クラプトン)その前は1982年のスリラー(マイケル・ジャクソン)1979年Y.M.C.A(ヴィレッジ・ピープル)1977年ホテルカリフォルニア(イーグルス)というくらい。1960年代から70年代前半までは毎年洋楽がベストヒットしている。カーペンターズ、オリビアニュートンジョン、アバ・・。ビートルズを筆頭にそういう影響を受けて育った世代が今の日本の音楽界を引っ張っているから、明らかに違う洋楽というのはないのかもしれないが、バランス感覚を失いつつあるのかも知れない。NHKののど自慢ではその土地の民謡を歌う人が一組、二組は必ずいたものである。最近民謡を歌う出場者は殆ど居ない。多様な文化がそれぞれ根付いていて、さらに新しいもの異文化も積極的に取り入れていく。そうやって日本は明治も戦後も発展してきたのではないだろうか?東南アジアで日本の歌手が人気と聞く。それは60年代にアメリカのPOPSが流行した日本とどこか似ていないだろうか?自分のポジション認識とバランス感覚が狂っていくと個人でも国でも難しくなっていく。

祇園精舎の鐘の声/諸行無常の響きあり/沙羅双樹の花の色/盛者必衰の理をあらわす
おごれる人も久しからず/ただ春の世の夢のごとし/たけき者も遂には滅びぬ/偏に風の前の塵に同じ

「愛して愛して愛しちゃったのよ」ではじまったが「平家物語」を改めて紹介して筆を置く。「愛して愛して愛しちゃったのよ」は歌えなくても良いが、「平家物語」の冒頭くらいは知っている「日本の成人」であってほしいと思う。


| | コメント (2) | トラックバック (1)

鷹が来た!雀を襲い食べた!

 貼ってあるシジュウカラの写真は我が家の庭にこの冬作った餌台に来たものを撮影したものである。実際の話としてはシジュウカラは滅多に姿を見せず、毎日のように雀が増えていき、それはそれは賑やかな状態で10羽くらいが群れをなしてやってきていた。普通の雀でも毎日来て食べていく姿はそれなりに微笑ましいものであった。
 毎日目をこらして様子を見ているわけではないのだが何やら大きな影が動いたような気がして庭を見ると鷹か鳶かそういう類のとりが物干し竿に泊まっているではないか。
これはこれは珍客である。ひまわりの種なんか食べるのかなと思いながら見ていると足に何か捕まえている・・。雀である!。猛禽類である、ひまわりの種なんか食べる訳がない。どうするかと見ていると庭のリンゴの木に移動して突っつきはじめた。どうやら羽をむしっているらしい。白い雪の上に雀の羽が舞い散らかる。よくわからなかったが、しっかり食べきったようだった。時間にして30分くらい一心腐乱に食べていた。多少の物音がしようがおかまいなし。羽の模様や大きさから「ハイタカ」と判明。冬場は街中にも来て雀などを襲うと書いてある。
 当のハイタカよりも家の中のほうがはるかに騒々しかった。「あ~スズメ~!」「食べている~!」「あ~、あ~!!」「何だかウルルンみたい。やっぱりダメかも」 この娘が言った「ダメかも」について解説をしよう。
 世界ウルルン滞在記という番組では来客をもてなす為に飼っている鶏をつぶしたり、小豚を殺して振舞ってくれたりする場面が時々ある。ウルルンのレポーターには少しだけ憧れているもののそういうシーンに出会った時に自分は冷静に対応できて、その後その肉を食べられるかどうかというシミュレーションになったようだ。目の前で生きているものが殺され食べられていく。しかも丸呑みではなくてついばみ羽を舞い散らして食べていく様に彼女は少なからずショックを受けたようだ。それで、私はきっともてなしてくれる動物を殺すのに立ち会ってその後その肉を食べるということは出来ないかもしれない。という感想が「やっぱりダメかも」なのである。まぁ蜘蛛一匹で大騒ぎしている彼女はハナからダメな部分もあるのだが。
 雀はその事件後も餌台にやってきている。餌も毎日与え続けている。実は見てきたように書いたが娘が見ただけで、私は見ていないのだ。味をしめたハイタカがこの連休にもう一度来てくれないかと思っている自分がいる。自宅で猛禽類が小鳥を襲うシーンが見られるとは思ってもいなかった。見たいといのが本音だ。せっかく用意した餌を目当てに遊びに来てくれている雀ではあるがちょっと心中複雑なものはある。「ハイタカ注意」と看板でも出しておこうかな。注意はしたぞと雀が読めるかどうかは不明だが。
 羽以外は綺麗に食べ尽くしたようだ。生きていくための食料でありまさに命の糧である。そういえば昔、魚を調理した時のアラや内臓を猫やカモメがおすそ分けをもらっていたような場面もあったような気がする、全部ではないかも知れないが。今は都会では全て生ゴミ扱い。大体残して捨てる量だって半端ではない。食物連鎖の頂点にいる人間(特に都会の人間)は自分たちが食べ切れない量の食事を用意し「いやぁ食べ切れなかった」「常につくりたてすぐに提供、絶対安心」と胃袋だけでなく精神的にも満福にするぜいたくのため時間の節約の結果として捨てている。
 他の生命を犠牲にして生きているという現実は切り身ではわからないだろうし、ハンバーグなどではなおさらである。鷄でも豚でも良い。生きているのを目の前で処理してカレーライスを作って食べるというような授業を取り入れても良いのではないだろうか。そういう意味では思いがけず自然の厳しさを子供に見せることができ、良かったと思っている。
 ところで「雀来い来い」と餌を与えながら、「おいしい雀がいるよ~もう一度ハイタカ来い来い」、そう願う私はやはり残酷だろうか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

夢の宝箱

夢の宝箱。何年か後にノーベル賞を受賞することになるであろう画期的な発見である。拡大解釈の応用形で無茶を承知で言ってしまえば、とりあえず無尽蔵にある太陽からの光エネルギーを貯めておいて使うことが出来る。太陽電池は電気に変換して貯えるが、光のまま保存しておける装置を作れる可能性のある発見である。電気を貯めるのが電池なら光を貯める「光池」というのはやや走りすぎの朝日新聞の造語だとは思うがなかなかである。三次元のフラクタルというのが非常に興味深い。どの面から見ても真ん中に1/3の長さの正方形の穴が空いている立方体。3×3×3で組み立てた立方体の真ん中7個を抜いた形。フラクタルというのはそのうちの一個の立方体を見るとやはりどの面から見ても真ん中に1/3の長さの正方形の穴が空いている立方体。3×3×3で組み立てた立方体の真ん中7個を抜いた形。さらにその一個の立方体を見ると・・・・、さらにその一個の立方体を見ると・・・。この繰り返しがなりたつのがフラクタルなのである。最小の立方体はどういう大きさだったのかは公開されていないようだがどこまで小さいものを作りこんだのか、そういう技術が必要なしかけであり、超微細加工は日本のお家芸である。どういう実用化をした製品が登場してくるようになるのか楽しみな発明である。立方体以外での三次元フラクタルもすぐ誰かが研究を始めるのだとは思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本文化紹介の江戸っ子芸者・中村喜春さんNYで死去

 読売新聞の社会面の記事である、といってもWEB版であるが。 「日本文化紹介の江戸っ子芸者・中村喜春さんNYで死去」 全く知らなかった。あのデヴィ夫人とも似ているような部分もあるが、その時代背景と行動の概要を聞くと、比べるのさえ失礼かもしれない。大正時代の銀座生まれで新橋芸者、昭和4年に芸者になって伝を頼って英語を習ってしゃべれるようになったというだけで凄いのだが、どうやらそこからがもっと凄くて、波乱万丈というのは彼女の人生のためにあるような言葉かもしれない。3冊にわたる伝記『江戸っ子芸者一代記』が草思社(図書目録 エッセイ 生き方/中村喜春)から出版されていて 朝日文庫にもなっているそうである。その紹介文を読んだら、買って読んでみたくなった。 芸者を始めた頃は落語家呼んで、芸者を上げて、それでいて粋に振舞う。なんていう事ができた政治家や経営者が遊びにも仕事にも頑張った時代。そんな時代やきな臭い時代、いろんな時代の匂いも伝わってくる一代記なのかもしれない。近年はJAZZと小唄のコラボレーションなんていうことまでもやっていたらしい。北壮夫のお母さん、斎藤茂吉の妻、斎藤輝子さんもなかなかの破天荒ぶりだったと記憶している。(北壮夫氏の小説もあったような気がする)。
 大正から昭和の始め、モダンな(これも滅び行く日本語のひとつかも知れないが・・)日本はもう一度見直されても良い時代なのかもしれない。その時代を生きた人たちに語ってもらえる間に。 NYで亡くなった江戸っ子芸者 中村喜春さんに 合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

モー娘と仕事始め

 「モーニング娘。」の加護ちゃん、辻ちゃんがこの夏にはグループを脱退し、新ユニットを組み、活動していく。んだそうである。「やめて学業に専念するのか?」とニュース(一般のニュースに取り上げる値のある社会的ニュースであるらしい)を見て呟いたら「そんな訳ないじゃん。でもLoveMachine伝説は消えたね。」と娘が言っていた。
 ジャニーズ事務所がとっている戦略となんだかよく似ているような気がするし、ある部分ではもっと効率よく売れているかも知れない。かつてナベプロ、ホリプロと一大勢力で芸能界を席巻してきたプロダクションも彼らの前ではその勢いの差は明らかである。
 なんとか我が子もモー娘に、ジャニーズにと力を入れているステージママ予備軍は、なんとか良い大学にと頑張っている教育ママと同じようなものかもしれない。どちらにも言えるのは、親がかなえられなかった夢をとか、お父さんより良い大学へとか、より高い目標に向かって努力するのは立派なことだし、他人に迷惑をかける話でもない。しかしながら、蛙の子は蛙なのである。大事なのは本人が伸び伸びと育っていくことであり、やってみたいと思うことを可能な範囲でどこまで支援できるか。そのあたりが親の責任なのかも知れない。
 宝くじも当たらなかったし、娘がモーニング娘というようなこともなく、平々凡々な日々がまた始まっていく1月5日仕事始めではある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

平成教育委員会を見て思った

 よしわかった。これはXXだよ。とわかる問題だけを訳知り顔で現役高校生に無理やり解説したりしながら「平成教育委員会」楽しく見ていたのだが、「私だって、わかるよ」と煙たがられるのも多かったが「こんなの習っていない」という問題もいくつかあった。
 自民党の国会議員がマニフェストのうたい文句を正しく覚えていなかったなどというのはまぁご愛嬌としておくけれど、指導要領という学校教育の基本指針がいろんな状況や要因で見直されるのは必要だけれども、大きな間違いをすでにしてしまってきたのではないかというような気がする。
 「こんなの習っていない」には二つの問題が見えてくる。ひとつはその問題が私立中学の入試問題であり、その問題を解ける知識を学校外から得ておかないと受からない受験問題であるということ。もうひとつは別の世代では習っている事柄がある世代では習っていないという教育のレベルの不統一が発生しているという問題である。若い世代の教育のレベルが確実に落ちてきていると断言できる状態であるようだ。
 昨年小泉首相が引用して「米百俵」という言葉が話題になったのをまだ覚えているだろうか?  『明治初期、厳しい窮乏の中にあった長岡藩に、救援のための米百俵が届けられた。しかし、当時の指導者(藩の大参事であった小林虎三郎)は、この百俵を藩士たちに分配せず、将来の千俵、万俵として活かすため、明日の人づくりのための学校設立資金とした。その結果設立された国漢学校は、後に多くの人材を育てることになった。』  小泉首相は、このエピソードに続けて、『今の痛みに耐えて、明日を良くしようという「米百俵」の精神こそ、改革を進めようとする今日の我々に必要ではないでしょうか。』と訴えた。どちらかろいうと分配されなくても耐えた藩士に力点がおかれて紹介されたような印象があるが、その百俵を教育に投資し、人を育てたという部分にこそ力点がおかれて引用されるべきエピソードなのだ。
 それではと、日本の教育に対する投資(国家予算)が諸外国に比べてどうなっているかというと、文部科学賞の発表によれば「我が国の国内総生産(GDP)に対する公財政支出学校教育費の比率は,OECD諸国の中で低い。」「我が国の高等教育に対する公財政支出の比率は,OECD諸国の中で最も小さい。」「我が国の一般政府総支出に対する公財政支出学校教育費の比率も低い水準にある。」と自ら報告しているのである。(参考「教育指標の国際比較」(平成15年版)について 平成15年1月20日発表)
 それでも資質や民間の塾利用等によって世界一と言われていた教育のレベルが維持されているのなら良いがそれもまた厳しい状況なようである。数学の授業についていけないと感じている中学生が日本では、アメリカと中国の実に3倍近くもいるという調査が報告されている。(参考:中学生の生活意識に関する調査 三 自己評価、五 学校生活の項より) 
 意識の問題と実際の学力は別とういう考え方もあるだろう。それも調べられている。平均として悪くはなく優秀なほうではあるが、トップクラスの優秀な生徒の比率が他国に比べるとやはり低いようである。(参考:国際学習到達度調査報告(PISA))
 資源のない日本が世界と伍して活況を呈してこれたのは高い教育水準だと言われてきた。つまり人こそが唯一の世界に誇れる資産であったはずなのにそれが枯渇しようとしている。今日一月三日の朝日新聞の朝刊には「台形の公式 復活」の記事が出ていた。

 「教育は、国家百年の大計。食われねばこそ教育をするのだ」   小林虎三郎

 そう訴えた米百俵の小林虎三郎氏は今の日本の教育を見てどう思うのであろうか。「平成教育委員会」を見た夜にそんなことを考えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ココログランキング?

 ココログ内のランキングを集計しようという企画。訪れる人が多いHPであればその分ついついリンクもクリックされてカウントがあがって自然なランキングが作られていく。ということになるのだろうけれど、参加していないHPは当然ランキングには入ってこないわけだし、ランキングとして意味あるものになればなよいのだが なんだか出会い系サイトの点数稼ぎみたいなしかけを考え出した人が結果としてランキング上位にいくようなことがあってはまずいとは思う。ただ こころぐるランキングでやっている画像が多いもの、文字数が多いものという全体を対象とした物理的な比較によるランキングは作為がなく、それなりにひとつの羅針盤もしくはココログ内ギネスみたいなもの も面白いとは思う。
 ただ妙に閉じた小さなコミニュティーの中で競っても寂しいような気もする。あぁせめて英語ならいきなりお気軽コメントが並ぶのだろうなぁと思ったりもする。ただこの小さなココログのコミュニティ全体がいろんな意味で情報の発信源になればそれはそれでまた非常に面白いとは思う。
 読んだ感想を気軽に一言書き込むっていうのが自分も含めてどうも苦手なのはこういう仕掛けにはよくないなぁと思ってはいるのだが、それでいてカウンタを密かに気にしてもいたりする。(笑)
 というわけで 冒頭に書いた ランキングはここである。現在日記部門6位(登録6組中(笑))

| | コメント (1) | トラックバック (0)

カレーは「お代わり」が似合う

 昨日の「どっちの料理ショー」Specialカレー対ラーメンはカレーの圧勝であった。「迷った」とか、「ラーメンも食べたかった」とは言うものの9:0で皆が仲良く食べて平和に番組は終わった。もっとも演出から言えば、食べれなくてくやしい芸能人の顔やそれで仲間割れするようなシーンも見たかった部分はあるのかもしれないが全員45人がカレーを食べるという光景もまた圧巻ではあった。こんな大勢でカレーを一緒に食べるのは高校の研修旅行以来だと言う声もあがっていて、大勢で一緒に食べるのがカレーのまた良いところだよねと、超豪華スペシャルカレーを美味しそうに食べていて、あぁカレーが食べたいと思わずあの香りが脳裏に漂ったのであった。
 あらためて考えてみると昨日のカレーの圧勝は当然、勝つべくして勝ったともいえる。その理由は空腹感にある。収録が始まって6時間以上、個人差はあるだろうがそれぞれが食事をしてからだと8時間以上という人も少なくなかったと思う。途中でのジャッジは「今日のお昼はなんにしよう。」なのであるから「ラーメンもいいけどカレーも美味しそうだね」それぞれとっても美味しそうで、ここで今日食べなければ二度とほかでは食べられないような贅沢な美味しそうな一品であり、結果も拮抗していた。
 ところがだんだん「どっちでもいいから早く食べさせてくれ」モードに変わってきた。おおかた出来たかなと思ったところでカレー側は「これからごはんを炊きます」と言ってのけた。「え~!炊いて置けよ!」怒号のように飛び交う非難の声。空腹感を煽りに煽った作業の進め方。この非難の怒号の時点でカレーは勝利を手にしていたといえるかもしれない。
 この時点で半分、カレー対ラーメンではなくなっていたのである。そう、主食対決になっていたのである。炊き立ての美味しい白いごはんとラーメン。すごく、おなかがすいたときにどちらを食べたいですか?麺類も大好きな国民ではあるが「国民一人当たりのお米の年間消費量は約67kg。それに対し、小麦の消費量はお米の半分に相当する32.2kg。」(日本製粉HP) つまりパンとうどんとラーメンとパスタが束になってもごはんの半分なのである。あの水分と甘味、うまみは「ごはんだけでもいい。おかずなんかいらない」と言わせしめるが、ラーメンの麺だけではそこまでは言えない。そうして量を食べたいときに、カレーライスくらい「お代わり!」が似合う料理も少ないような気がする。
 オムライス、親子丼、チャーハン、いずれも作りたてを食べてんもらうには「お代わり」には又、調理が必要になる。ところが暖めたカレーのルーと炊き立てのご飯があるかぎりそれをひとつの皿に盛れば、もう作りたての美味しさが再びそこに現れるのである。誰が盛っても均一な美味しさである。麺の湯で加減で、お湯の切り方で一杯毎に微妙に違うなどということもない。白いごはんを美味しく食べる究極の一品が「日本のカレー」なのかもしれない。
 ちなみに、農水省や缶詰協会の統計から計算すると、日本人は一年に約66回カレーを食べているそうである。(SB食品)つまり、週に一回以上は何らかの形で食べていることになる。ラーメンは単純比較できる資料がなかったがインスタントで年間41.4食だそうである。(即席麺家頁
 おせち料理、雑煮も日本の伝統料理であるが、日本のカレーライスもインドのカレーとは異なるひとつの日本料理と言えるのかもしれない。ラーメンにもそういう部分では同様のことが言えて、多彩な食文化を持つ日本、京懐石ではないNew日本料理が世界を席捲していくのもそう遠くないかもしれない。
 「お代わり!」は平和な光景であるが、「配給」「 炊き出し」という光景にもカレーライスはよく似合う。そういうカレーライスを食べさせてもらう側に回る悲劇には遭遇しない平和な一年であることを祈る2004年の年初である。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

小林幸子の失敗

 紅白歌合戦、小林幸子の衣装というよりセットが何か中途半端でおかしいなと思っていた。それなりに派手ではあったがいつもならステージ全体見せるのに本人の顔のアップで歌を終了したのである。やはり失敗であったらしい。 横13メートル、高さ7・5メートルの巨大な羽が数枚開く予定だったが、3つの機動装置のうち1つしか動かず、本番で作動した羽は1枚だけだった。小林の事務所関係者は「3つの機械のうち2つが止まり、1機しか作動しなかった。コンセントの電流が流れなかったようだ。詳しい原因はこれから」と語った。 小林も「NHKのブレーカーが落ちたのが原因のようです。詳しいことはこれから調べようと思ってます。私はビデオを見てないから家に帰って見たいと思います。年を越せないほどショックです」と肩を落とした。「日刊スポーツHP」より
 企画、設計、製造、とかなりの日数と費用をかけて製作されているはずで係わっている人たちの数も半端ではないはずだ。人工衛星打ち上げでさえ失敗するのだから、人間のすることミスはつき物だし不可効力もある。ただNHKのブレーカーが落ちたとなるとリハーサル時はOKだったのに本番では照明含め状況が違っていてブレーカーが落ちたと考えられ微妙なものがある。本当はこうだったというVTR含めしばらく話題になり小林幸子があちこちでコメント求められてTV出演が増えたりすれば成功していたよりひょっとしたら話題性は結果として高くなり、災い転じて福とするかもしれない。失敗とはいえ誰かが怪我をしたわけではない。転んでもただでは起きないしたたかさを十分に見せられることになるかもしれない。
 話はかわるが、ジャニーズのカウントダウンライブにあっという間にTOKIOが参加していたのはどういう交通手段で移動したのだろう。そうして更に話は変わるが、KINKI KIDSはどうして紅白にでていなかったのだろう。選ばれていないのではなく出演を拒否していたのかもしれないが。山川豊、鳥羽一郎を入れたので選べなかったというのでは紅白歌合戦も「新人になろう」が必要かもしれない。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2003年12月 | トップページ | 2004年2月 »